名作に見る明治・大正の教育あれこれ

小説に描かれた明治・大正の教育をあれこれ気ままに論じていきます。漱石『坊っちゃん』は「『坊っちゃん』に見る明治の中学校あれこれ」(https://sf63fs.hatenablog.com/)へ。

中勘助『銀の匙』② 「教鞭」

 

 中沢先生は気のやさしい人だつたけれど随分な癇癪(かんしゃく)もちで、どうかしてかつとすれば教鞭でもつてぐらぐらするほどひとの頭をぶつたりした。それでも私は先生が大好きで、御苦労にも家の庭にある棕櫚(しゅろ)の枝をとつては痛い思ひをするために新しい鞭を先生に与へた。すると先生はいつもにやにや笑ひながら
「ありがたう。頭をたたくにはこれがいちばんだ」
といつてひとつたたくまねをしてみたりする。私はなにひとついふことをきかず勝手気儘にしてたのでよつぽどもてあましてるらしかつたが、やつぱり可愛がつてるのだとこちらひとりできめてゐた。みんなの行儀がわるいためにれいの癇癪がおこつて先生の顔が火の玉みたいになると生徒たちは縮みあがつて鳴りをしづめてしまふ。そんな時でも私は平気の平左で笑ひながら見てるものである日先生は見まはりにきた校長さんに私のことを 無神経でしやうがない といつてこぼした。校長さんは傍へきて自分の噂を面白さうにきいてる私に
「先生が怖くないか」
ときいた。
 「いいえ、ちつとも」
  私は答へた。
 「なぜ怖くない」
 「先生だつてやつぱり人間だと思ふから」
  二人は顔を見合せて苦笑ひしたきりなんともいはなかつた。私はその頃から鹿爪らしい大人の殻をとほして中にかくれてる滑稽な子供を見るやうになつてたので一般の子供がもつてるやうな大人といふものに対する特別な敬意は到底もち得なかつたのである。

(後編 一)

 

 ■ 教鞭

 

 『日本国語大辞典』(小学館)では、「教鞭=教師が生徒を戒め教えるためにつかうむち。また、教師が教授事項を指示するのに用いるむち」とあり、本作品の上記部分が用例として載っています。
 今でも、「教鞭を執る」という慣用的な表現を見かけることはあります。
 しかし、「教鞭」は「むち」ではなくて、指示棒に変わっているのではないでしょうか。
  今でも体罰「愛の鞭」というような美名で言いかえる向きもあるように、この「教鞭」は体罰の道具と化したことがよくあったようです。
 
 わが国では早くも明治12年(1879)の教育令(「自由教育令」とも呼ばれた)において、第46条に「凡学校ニ於テハ、生徒ニ体罰(殴チ或ハ縛スルノ類)ヲ加フヘカラス」と体罰禁止が法制上明文化されていました。
  意外に思えますが、江戸時代以前から日本人は子育て(教育)の場面で、体罰を用いなかったことが、日本を訪れた外国人の書き残した書物に見られます。
 一方、教育思想、人権思想において我が国に比べてずっと先進的であったと思われがちな西洋諸国では、逆にそれが禁止されたのは、我が国よりも後のことであったところが多いようです。

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(笞打ち・19世紀前半のイギリスの小学校)

 中でも、イギリスでは一昔前までは公然と、鞭(ステッキ)でお尻を叩くという懲罰のスタイルが続いていたそうです。何かの古い映画で、そういうシーンを見たという方もいらっしゃるかもしれません。

 法律で禁止されるようになったのは・・・


 
 與謝野馨氏(昭和13年~平成29年:1938~ 2017年、衆議院議員(10期)、文部大臣、通商産業大臣内閣官房長官財務大臣などを歴任)は戦後、父が外交官としてエジプト勤務になったためにカイロ郊外・ヘリオポリスのイングリッシュスクールに編入学しましたが、そこで経験した「体罰」のことを次のように記しています。

 

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 私の入った学校は厳しかった。多分イギリス風だったのだろう。まず、学校の規則、寮の規則は文章でキチンとあった。学校にはOBラインがあってそこを越えてはならないとされていた。体罰があった。 一番軽い罪は、規則を何回か書いて提出する。むち打ちの刑もあった。運動靴でお尻をぶたれる。もうひとつは「ケーン」という木製の鞭でお尻を打たれる。罪状によって、1発・3発・6発になっていた。
    私もケーンで打たれたことがあったが、お尻に3本のアザができて寝ると痛い。自分のやったことの対価である。但しそうやたらには体罰があるわけではない。
 学校に入る時に体罰を受け入れるという親の約束があり、打たれる前には(a)君はこれこれのことをした認めるか(b)そのことはこういう罰に値する。それを受け入れるかというやりとりがある。
 また体罰が加えられるのは限られていて、校長・教頭・寮長だけであった。
 日本で問題になっているのは、一般の先生が生徒に対して行う制裁で、きちんと事情を聞いて、納得ずくで体罰を受け入れるシステムとは随分違う。最近のイギリスではケーンによる制裁はなくなったと聞いている。
  「私の歩んで来た道(13)」与謝野馨公式サイト

http://www.yosano.gr.jp/history/history_20160107_13.html

 

 

 

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(指示棒を使う教育実習生・愛媛県立松山商業高等学校https://matsuyama-h.esnet.ed.jp/cms/modules/wordpress0/index.php?p=397

 

# 私は非常勤2年を含めて40年の間、公立高校で「教鞭を執った」わけですが、一度も「教鞭(指示棒)を持って」授業したことがありませんでした。
 数学や理科の先生の中には持っていた人もいたように思いますが・・・。
 金属製で伸縮自在の指示棒もあれば、自分で竹を割って削ったのかなと思わせるようなものまで、その持ち主のお顔とともに思い出されてきました(笑)