名作に見る明治・大正の教育あれこれ

小説に描かれた明治・大正の教育をあれこれ気ままに論じていきます。漱石『坊っちゃん』は「『坊っちゃん』に見る明治の中学校あれこれ」(https://sf63fs.hatenablog.com/)へ。

中勘助『銀の匙』③ 日清戦争下の小学校①

 

   さうかうするうちに日清戦争がはじまつた。私はかなり重い麻疹(はしか)にかかつて幾日か学校を休んだのちやつとのことで出席したら意外にも受持ちの先生がかはつてゐた。中沢先生は召集されたのだといふ。よく軍艦の話をしてきかせたがもとは海軍士官で、病気のために予備になつてたのださうだ。あの不思議な西遊記の話をしてくれた先生、絵筆をべろべろ甜めて綺麗な絵をかいた先生、棕櫚の鞭で頭をたたくことのほかはなにもかも気に入つてた先生はもう顔を見ることもできない。さう思へば胸一杯になつて放課時間にみんなを呼び集めて先生が暇乞ひにきた時の様子をなりとせめて委(くわ)しくきかうとしたが、彼らはただもうその日その日の遊びに気をとられて別れてからまだ半月とはたたないのにそんなことはとうに忘れてしまつてけろりと坐つてゐる。さうして折角(せっかく)の遊びを邪魔されたのが不平らしく面をふくらせてもぢもぢしてたがやがてひとりがやうやく思ひだしたやうに
「獅子の毛のついた外套(がいとう)をきてゐた」
といつた。と、ほかの者もてんでに
「獅子の毛だ」
 「獅子の毛だ」
といふ。ばか者たちははじめて見た獅子の毛――それもたぶん間違ひなのだらうが――に見とれてなにひとつおぼえてゐはしない。そんなにして根ほり葉ほり尋ねる私をさんざじらしたあげくひとりが
「先生は戦争にでるのだからもう二度とあへないかもしれないが皆は今度の先生のいふことをよくきいて勉強して偉い人にならなければいけない」
といつたといふのをきき急にはらはらと涙をこぼしたものでみんなはあつけにとられて私の顔を見つめ、なかには目ひき袖ひき軽蔑の笑ひをもらす者もあつた。彼らはまだこのやうに泣くことを知らないゆゑに 男は三年に一遍泣くものだ といつた先生の訓(をしへ)を破つてはならぬものと思つてるのであつた。

(後篇 一)

 

    日清戦争(明治27年7月25日~28年4月17日)の勃発は学校現場にも大きな影響を与えずにはおきませんでした。


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佐倉駅を出発する日清戦争出征列車)

 

■ 教員の不足
 教員の出征数については不明ですが、時局の影響でしょうか、転退職数も増加して、学校現場では正教員の欠員が生じました。
 准教員や代用教員の補充が図られはしましたが、解消には至らず、「二部教授」をせざるを得ない学校が続出したと言います。
 同様のことは、日露戦争の時にもさらに規模を拡大して実施されています。
 本ブログの5月20日の記事「田山花袋田舎教師』⑤日露戦争下の小学校」をご参照ください。


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(教員の召集、港区教育委員会「デジタル港区教育史」より,https://trc-adeac.trc.co.jp

 

■ 軍国主義的雰囲気が・・・

 日清戦争の開戦後しばらくして、文部省は「修身」の時間に、「教科書を使用しないで授業してもよい」旨の訓令を発しています。
 その結果、学校現場ではこの戦争を題材にした講話などが盛んに行われるようになりました。
 神奈川県のある小学校では、「日清韓事件ニ付修身時間ノ一部ヲ以テ之ニ関スル歴史談ニ充テ尊王愛国ノ士気ヲ養成センコトヲ図ル」(『明治期の社会と文化』神奈川県立公文書館)として、修身の時間に時局を反映した授業を実施しています。
 その影響でしょうか、児童全員が陸海軍に対する資金献納を申し出るという「美談」まで生まれたとか。

 また、文部省はこの時期に体育や衛生に関する訓令も発しています。
 それは、明治27年(1894)9月に発せられた「北海道府県に対する小学校の体育及び衛生に関する訓令」(文部省訓令第六号)です。
 その中で、今後留意すべき事項として、普通体操を基調としつつも、高等小学校においては兵式体操の活性化をうたい、その授業においては「軍歌を用いて気勢を上げるように」という指示をしていました。 


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(高等小学校での兵式体操の様子、明治29年、「ジャパンアーカイブズ」より,

https://jaa2100.org

 
  日清戦争開戦を機に、いよいよ学校現場にも軍国主義的雰囲気が浸透し始めた頃でした。

 

#    日清戦争が始まるまでに作られていた軍歌としては、「抜刀隊」「元寇」「皇国の守」「敵は幾万」などがよく知られ、後に長らく歌われました。

   中でも、外山正一が西南戦争に題材をとって作詞し、明治17年(1884)に陸軍軍楽教師だったシャルル・ルルーが作曲した「抜刀隊」が最も有名ではないかと思います。

    今でも、陸上自衛隊警察音楽隊の公式行事には、この旋律を取り入れた「陸軍分列行進曲」が必ず演奏されています。

 

https://www.youtube.com/watch?v=Kaz0S6uMdNY