小説にみる明治・大正・昭和(戦前)の教育あれこれ

小説に描かれた明治・大正・昭和戦前の教育をあれこれ気ままに論じていきます。漱石『坊っちゃん』は「『坊っちゃん』に見る明治の中学校あれこれ」(https://sf63fs.hatenablog.com/)へ。

コラム5 明治・大正時代の「夏休み」その1

田山花袋田舎教師』初版本 口絵

■ 「夏休み」はいつ頃に始まったのか?

 先日の7月21日(木)に全国のほとんどの小中高等学校が「夏休み」に入りました。2022年度の場合、公立学校では8月31日(水)までの42日間というが最多であるということです。

https://www.o-uccino.jp/article/posts/88031

 では、この夏休みはいつ頃、どういう経緯で始まったのでしょうか。

 明治5年(1872)の「学制」公布の頃には、一般に盂蘭盆休みはありましたが、長期の休暇は定められていませんでした。

 ただ、「お雇い外国人」と呼ばれる外国人教師を採用していた東京開成学校(後の東京大学)などでは、彼らの母国での習慣にしたがって、夏休みを設けていたそうです。それが次第に中等学校から小学校にも広がり、大阪府を例にとると、明治7年(1874)から大暑につき5日間の休業が定められました。

 文部省が初めて「夏季休業」について言及したのは、明治14年(1881)の「小学校教則綱領」の第7条においてで、そこには『小学校ニ於テハ日曜日、夏季冬季休業日及大祭日、祝日等ヲ除クノ外授業スヘキモノトス』という文言があります。

 当初、夏休みの日数は一定しませんでした。

 世間では、正月以外の長期の休暇に対する理解が乏しく、中にはそれに反対するような意見もありました。稲作が主体の我が国の農業では、稲の生育にとって大切な夏の時期に休むなどということは考えられないことだったのです。
 しかし、明治の末頃には、夏休み期間は東北、北海道などを除けば8月1日から31日までというのが次第に一般的になっていったようです。

 なお、現在のように7月下旬から8月末までというのは昭和10年代に入って(ただし、戦時中は除く)からのことでした。

 夏休みの導入について、その経緯と問題点を、佐藤秀夫『学校ことはじめ事典』は次のように述べています。

 夏休み自体、欧米の慣行が外人教師を通じて導入されたもので、米作りを核とした日本の伝統社会にはなかった風習である。
 九月学年では学年末が夏休みとなるからよかったのだが、四月学年では新学期開始から三ヶ月半、ようやく子どもたちが学校に慣れたところで長い休みとなる。学年中途でのこの空白を放置できないと考えた学校側は、休み中もなんとか子どもを学校や学習につなぎとめておくということで、登校日や学習課題を設けることになった。

 我々が当然のことと思っている夏休みの宿題ですが、日本、中国、韓国などの東アジアの一部の国々を除けば、宿題がないのが「世界標準」だそうです。

 

■ 「夏季休業中の心得」

 七月はしだいに終わりに近づいた。暑さは日に日に加わった。(中略)
学校では暑中休暇を誰もみんな待ちわたっている。(中略)

 三十日の学課は一時間で終わった。生徒を集めた卓(テーブル)の前で、
「皆さんは暑中休暇を有益に使わなければなりません。あまりに遊び過ごすと、せっかくこれまで教わったことをみんな忘れてしまいますから、毎日一度ずつは、本を出してお復習(さらえ)をなさい。それから父さん母さんに世話をやかしてはいけません。桃や梨や西瓜(すいか)などをたくさん食べてはいけません。暑いところを遊んで来て、そういうものをたくさんに食べますと、お腹(なか)をこわすばかりではありません。恐ろしい病気にかかって、夏休みがすんで、学校に来たくッても来られないようになります。よく遊び、よく学び、よく勉めよ。本にもそう書いてありましょう。(十七)

田山花袋田舎教師」より、「青空文庫」、底本:「田舎教師 他一編」旺文社文庫、1966年 ※太字は筆者

 時代は明治30年代の中頃、現在の埼玉県羽生市周辺を舞台とする作品で、主人公の林清三は中学を出たばかりの代用教員です。内容は、よくある夏休み前の注意事項となっています。

 

 明治の終わり頃の、これは高等小学校(現在の中学校に相当)のものですが、「夏季休業の心得」が見つかりましたので、紹介してみたいと思います。

「明治四十四年 京都市第一高等小学校教育概況」より「夏季休業中の心得」
    ※現・京都市立上京中学校の前身  

 新字体に改めています     
    
○体力ノ維持ト増進
一 朝起セヨ 一 普通体操ノ二三節ヲ行ヘ 一 毎朝深呼吸ヲ行ヘ  

一 毎朝成可(なるべく)適度ノ散歩ヲセヨ    一 時々冷水ヲ以テ身体ヲ拭ヘ  

一 時々頭髪ヲ洗ヘ  一 休業中一二回ハ数里ノ道ヲ踏ミテ体力錬磨ノ実ヲ挙グル ヲ得バ甚可  
 一 判読不能(「水泳」の文字が見える)
一 夜更カシスナ    一 消化シ難キモノヲ食フナ  一 過食スナ 

一 湯茶ヲ多ク飲ムナ
一 間食ヲツツシメ    一 氷水ヲタシムナ(ママ)

○教科ノ復習ト自習
一 毎日二時間乃至三時間時間割ヲ定メテ既習ノ教科ヲ復習セヨ
一 与ヘラレタル宿題ヲ行ヘ  

一 教科書以外ノ書物ヲ読マントスル者ハ聖賢偉人ノ伝記地理理科工芸ニ関スルモノノ類ヲ択ベ而シテコレ等ハソノ多キニ亙ランヨリハ寧(むしろ)一部ノ書ヲ熟読スルヲ可トス   

一 図画又ハ博物標本ノ製作蒐集手工品制作等ヲナシ得ル便宜アルモノハ可成コレヲナセ
○徳性ノ保持ト涵養
一 毎朝夕校訓及児童心得ヲ誦読シコレガ実行ニ力(つと)メヨ
一 常ヨリモ多ク家業ヲ分担セヨ   

一 養ヒ得タル良習慣ヲ失ハヌヤウ力(つと)メヨ

(中略)
○宿題 算術毎日一題 書方一枚  図画一枚 地図一枚 手工一点 英習字一枚

 高等科の生徒というと、今の中学生1、2生に相当するわけですが、内容を見ていくと、小学校の低学年・中学年あたりに向けてのものかと思われるぐらいに、懇切丁寧な(?)指示がなされているように思います。

 

その2へつづく

 

※110年ほど後の現在、ネット上でいくつかの小中学校のホームページ上に掲載されている「夏季休業の注意事項」を見ると、必ずと言ってよいほどインターネットやSNS等に関するトラブルへの注意がありました。これが「令和の現実」なのですね(゚Д゚)

 

【参考・引用文献】

※黒羽弥吉 編「小学校教則綱領」1881年

「レファレンス協同データベース」学校の夏休み、冬休みはいつから始まったか知りたい。 | レファレンス協同データベース (ndl.go.jp

佐藤秀夫『学校ことはじめ事典』小学館、1987年

佐藤秀夫『学校教育うらおもて事典』小学館、2000年

田山花袋田舎教師』(「青空文庫」、底本:「田舎教師 他一編」旺文社文庫、1966年)

※「明治四十四年 京都市第一高等小学校教育概況」1911年