コラム4 学校掃除 その2
■ 世界の学校掃除
昭和50年(1975)といえば、47年も前のことになりますが、広島大学教育学部の沖原豊教授(当時、後に第7代学長)の比較教育学研究室が共同研究「各国の学校掃除に関する比較研究」(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jces1975/1977/3/1977_3_37/_pdf/-char/ja)を発表されました。
後に「仏教と掃除」「神道と掃除」「学校掃除の歴史」などの章を加えて沖原豊編著『学校掃除 その人間形成的役割』(学事出版、1983年)として公刊されています。(私はその当時、教育学科の2年生でした。沖原教授は、教育社会学の新堀通也、教育方法学の吉本均先生と並ぶ学科の有力教授で、たしか学生部長も兼任されていました。)
その後、これに類した研究がないからでしょうか、今でも「学校掃除」について調べようとすると、必ずこの書籍が参考・引用文献に上がってきます。
世界の105カ国を対象に「学校清掃」をしているのは誰かという実施主体と、その理由などをアンケート調査して、考察を加えた論文です。
105ヶ国が学校掃除の実施主体別に、三つの型に分類されています。
1 清掃員型 61カ国
○西欧諸国 イギリス フランス 西ドイツ(当時) オランダ イタリア ポルトガル スペイン
○北米・中南米諸国 アメリカ カナダ ブラジル メキシコ アルゼンチン など
○オセアニア諸国 オーストラリア ニュージーランド
○アジア諸国 アフガニスタン シンガポール ネパール 香港(当時) パキスタンなど
○アフリカ 北アフリカ諸国 モーリシャス 南アフリカ共和国 ローデシアなど
2 清掃員・生徒型 8カ国
ソ連(当時)及び東欧の社会主義諸国(チェコスロバキア、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、ポーランド、ユーゴスラビア)、キューバ
3 先徒型 34カ国
○アジア 日本、韓 国、北朝鮮、台湾、中国、インド,インドネシア、マレーシア、モンゴル、フィリピン、スリランカ、タイ、ベトナム
○アフリカ ボツアナ、カメル-ン、チャド、ガボン、ガーナ、ギニア、レソト、リビア、マダガスカル、マラウイ、セネガル、シェラレオネ、スワジランド、タンザニア、ウガンダ、ザイール、ザンビア
※国名はすべて1975年当時のもの。
興味深いのは、生徒に掃除をさせる(させない)ことの理由に、それぞれの国の宗教、学校観、労働観、経済的状況等々が深く関係していることです。
詳細は論文そのものをご参照いただくとして、ここでは「清掃員型=生徒に掃除をさせない」と「生徒型=掃除をさせる」のそれぞれについて、上記理由の概略をまとめてみました。
清掃員型=生徒に掃除をさせない主な理由
1 掃除を卑しい仕事とみなす考え方
2 学校は勉強するところであり、躾(しつけ)は家庭で行 うものであるという意識
3 生徒に掃除をさせることは.清掃員の就労の機会を奪うことになる
4 学校掃除は学校当局の責任である
5 掃除には教育的意義がない
生徒型=生徒に掃除をさせる主な理由
1 仏教的伝統と掃除観(掃除を修行の重要な方法とみる)
2 教育的理由
清潔心の育成公共心の育成
勤労の価値の学習
健康に対する態度の育成
3 経済的理由 経費の節約 等々
■ 生徒指導の方法としての学校掃除
表真美「学校清掃と生徒指導 ─ 『福井掃除に学ぶ会』の調査から」(『京都女子大学宗教・文化研究所 研究紀要第34号』2021年)によれば、「掃除によって人間的に成長する」ことを謳(うた)った著作は、上記の沖原豊編著『学校掃除─その人間形成的役割』(1982)に始まり、1980年代から現在まで一貫して出版が見られるということです。
(例)
山本健治『すべての一歩は掃除から─企業・学校・家庭を甦らせる「脚下からの哲学」』日本実業出版社(1998)
藤本文俊『心を磨くトイレ掃除-職場や学校が変わる』あいり出版(2018)等々
また、上記のような一般向けの書籍だけではなく、小中学校の教員向けに「学級経営のスキルの一つとして学校清掃を取り上げた」本が、90年代から2010年代にかけてコンスタントに出版され、「学校清掃の生徒指導への効果を強調」しているという指摘があります。
「生徒指導への効果」といえば、昭和の時代から数十年にわたって長野県の多くの小中学校で行われ、他府県へも広がりを見せた「無言清掃」が有名ですが、近年ではこれもやはり長野県に始まった「自問清掃」という方法が広く知られつつあるようです。(「自問教育の会」http://www.jimon.3zoku.com/ )
一方、近年マスメディアにおいては、こうした風潮に対して否定的な意見も少なくないのは事実です。下はその一例です。
どうやら1980年前後の荒れに荒れていた中学校では、学校再建の重要な方策の一つとして、あちこちで学校を挙げて掃除への積極的な取り組みが行われましたが、中でも長野県発祥*の「無言清掃」が特に注目されて、徐々に全国各地に広まっていったという経緯があったようです。
*曹洞宗大本山永平寺のお膝元の永平寺中学校で始まったという説もあるみたいですが・・・
■ 輸出される「SOJI」
文部科学省では、平成28(2016)年度から5カ年計画で、「日本型教育の海外展開推進事業:EDU-Portニッポン」を実施しました。
これは外務省や経産省、JICA、民間企業、教育機関、自治体などによる官民協働による事業で、主としてアジア、アフリカの途上国を対象にしたものです。
その中で、我が国で昔から日常的に行われてきた掃除や学級活動などの特別活動=“トッカツ”というシステムが多くの国々から注目され、JICA(独立行政法人 国際協力機構)などの支援のもと、そうした活動を導入する国が増えていることが報告されています。
(https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1904/201904_03_01.html)
学校掃除を試験的に導入した国の一つであるエジプトでは、掃除は社会階層の低い人の仕事とされ、児童生徒がみずから教室を掃除することはありませんでしたが、JICAの支援を受けながら、小中一貫校など12校で掃除や学級活動を試験的に始め、今後は全国の公立学校に広めようとしているということです。
「産経新聞」2018年3月16日
エジプトの学校に日本式教育 掃除や日直…「公共意識」育て(1/2ページ) - 産経ニュース
この児童生徒による学校掃除導入の試みは、エジプトのほかミャンマー、シンガポールなどでも行われています。
我が国では昔からごく当たり前のこととして行ってきた児童生徒による掃除、学級会、日直などの活動ですが、近年ではそうした「日本式教育システム」が固有の教育問題を抱えた国々(特に途上国)からユニークな取り組みとして注目され、試験的ではありますが導入が始まっています。
ここからは余談ですが、サッカーのワールドカップ(予選)において、試合後に日本代表選手がロッカールームを、またサポーターたちがスタンドの観覧席をきれいに掃除する姿が、近年海外のメディアによって賞賛の声と共に繰り返し報道されています。
【W杯 夢の跡】日本サポーターは「良きマナーを欠いたことがない」 試合後のゴミ拾いを海外続々称賛 https://the-ans.jp/news/29939/
これも、中には「パフォーマンスに過ぎない」などと批判的な見方もあるようですが、小学校以来の学校掃除が習慣として自然に身についていることの現れと素直に認めてよいのではないでしょうか。
【参考・引用文献】 *国立国会図書館デジタルライブラリー
沖原豊『学校掃除 その人間形成的役割』学事出版、1983年
佐藤秀夫『学校ことはじめ事典』小学館、1987年
歴史教育者協議会編『学校史でまなぶ 日本近現代史』地歴社、2007年
*鈴木製本所編輯『小學兒童作法訓畫』鈴木安雄、1908年(国立教育政策研究所図書館「近代教科書デジタルアーカイブ」)
*『宮城県柴田刈田郡小学校校則』柴田刈田郡役所、1893年
森本稔「明治期の学校衛生」『天理大学学報 (139)』天理大学学術研究会、1983年
ミツカン・水の文化史 機関誌『水の文化』58号「日々、拭く。」 https://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no58/03.html
『小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 特別活動』平成 29 年(2017) 7 月
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/13/1387017_014.pdf
青木純一「二十世紀初めにおける小学校教員の結核とその対策ー流行の背景や小学校教員療治料の効果を中心に」『日本教育行政学会年報14巻』2007年
鄭 松安「養生思想と教育的学校保健の成立」(一橋大学 大学院社会学研究科・社会学部・博士論文要旨)2001年
https://www.soc.hit-u.ac.jp/research/archives/doctor/?choice=summary&thesisID=61
表真美「学校清掃と生徒指導 ─ 「福井掃除に学ぶ会」の調査から」『京都女子大学宗教・文化研究所 研究紀要第34号』2021年