名作に見る明治・大正の教育あれこれ

小説に描かれた明治・大正の教育をあれこれ気ままに論じていきます。漱石『坊っちゃん』は「『坊っちゃん』に見る明治の中学校あれこれ」(https://sf63fs.hatenablog.com/)へ。

伊藤整『若い詩人の肖像』③ 「英語教師」

 

 

 私が数え年二十一歳で、三年制の小樽高等商業学校を卒業したのは、大正十四年、一九二五年の三月であった。(中略)
 この新設中学校*は多額納税議員をしているこの市の金持ちが、土地と建築費を寄付して創設され、校舎はこの雪解を待って建て始める予定になっていた。まだ校長が決定していなかったので、市の教育課長が高等商業学校の小林象三教授に英語教師を捜す相談をし、小林教授が私を推薦したのであった。(中略)
 高等商業学校というのは英語の課目に力点を置いていたので、その系統の成績が八十五点以上あると英語科の教員の資格が与えられた。私はその資格があるらしかった。(中略)
 ある日、仕事の後、私は学校を出て、その近くの妙見川という市街を貫いて流れる小川の橋を梅沢教諭と二人で渡って歩いていた。その時、梅沢教諭は私に、親しみを込めて、「今んとこ、あんたがこの学校では次席だがな」と言った。私は君はなかなか役に立つね、と言われたような気がした。私の月給は林田課長の手元で決められたのか、梅沢教諭の口添えがあって決められたのか分からなかったが、四月の二十五日になって受け取ったときは、八十五円であった。八十五円という金額は、専門学校の卒業生の平均金額よりも少し多いものであった。私の父は村の収入役をしていて七十五円の月給であり、村長は八十円くらいの月給であった。だから隣村の自家から通っていた私は村で一番の月給取りだと言われた
   

* この小樽市立中学は、大正14年(1925年)板谷商船二代目板谷宮吉の、20万円(現在の価値で4億円以上)と学校敷地の寄付によって創立された学校だそうです。
戦後の学制改革で普通は新制高等学校になるはずのところですが、市の方針でしょうか、新制の小樽市立長橋中学に転換し、現在に至っています。

  

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(小樽市立中学校  ,金子誠治アトリエギャラリーより http://blog.livedoor.jp/kanekoseiji_ag_1/tag/%E6%97%A7%E5%88%B6%E5%B0%8F%E6%A8%BD%E5%B8%82%E7%AB%8B%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1)

 

 

 ■ 英語教師の口

 

    主人公は東京商科大学(現在の一橋大学)への進学が経済的な点から無理であると諦め、「できれば外国勤務の希望の持てる横浜正金銀行か、三井物産か、三菱商事に勤めたかった」(三 卒業期)が、こちらは成績の面で無理であると考えていました。
 そこへ学生課の教授から東京の村井銀行を勧められましたが、やはり病身の父親から反対され、別の教授から話のあった新設中学校の英語教師のほうを選ぶことになりました。

  「高等商業学校というのは英語の課目に力点を置いていたので、その系統の成績が八十五点以上あると英語科の教員の資格が与えられた。」とあります。
    主人公は今でいうところの大学の商学部または経済学部で学んだわけですから、英語・英文学ではなく主に商業英語を学んだとことになります。

 どうも、教育実習を行ったとか、教員採用試験を受けたとか、そうした形跡は全くありません。

   いったい、大正時代の中等学校の教員はどのように養成されていたのでしょうか。
    少し、時代はさかのぼりますが、私のブログ「『坊っちゃん』に見る明治の中学校あれこれ」では、2「中学校の先生」その1「中学校教員の地位・養成」https://sf63fs.hatenablog.com/entry/2019/01/27/144422)というタイトルでこの問題を扱っています。ご参照ください。

 

    旧制の中等学校(中学校・高等女学校・師範学校)の教員養成を簡単にまとめると次のようになります。
    (1)目的学校による養成・・・高等師範学校(東京、広島)、女子高等師範学校お茶の水、奈良など)、臨時教員養成所
  

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 (東京高等師範学校、後の東京教育大学、「教育界の総本山」と言われました)

 

(2)検定による資格取得
  無試験検定(出願者の提出した学校卒業証明書・学力証明書等を通じて判定する間接検定方式)
   ○指定学校方式・・・官立高等教育機関帝国大学、高等学校、高等専門学校等)卒業生について検定する
   ○許可学校方式・・・公私立高等教育機関の卒業生について検定する。
    哲学館(東洋大学)、國學院國學院大学)、東京専門学校(早稲田大学)等
   ②試験検定(出願者の学力・身体・品行を試験によって判定する直接検定方式) 文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験(文検)

 

 小樽高等商業学校は上記(2)の①「指定学校」に該当します
大正14年の「小樽高等商業学校一覧」には、「教員無試験検定ニ関スル指定学校名及学科目(抄出)明治三十六年文部省告示第三十号」として、「高等商業学校本科卒業者」の場合は「英語」(当該科目成績優秀ナル者ニ限ル)、「商業」、「簿記」の三科目の教員免許が与えられるということが記されています。

 こうして割と安易に(?)中等学校の教員資格が与えられていた理由としては、中等教育機関の増設に伴う中等学校教員の需要増に対して、高等師範の卒業者が少数のままであったことが挙げられます。
    この無試験検定制度は、大正期末以降、中等教員の免許状取得方法の中心となっていきました。
 ちなみに、大正14年(1925)の時点で、全国の中等学校教員の内訳をみると、目的学校出身は1203名(23.5%)、無試験検定は3143名(61.5%)、そして試験検定が771名(15.0%)となっています。

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 大阪府立市岡中学校、現在の府立市岡高等学校、における英語の授業・昭和初年代、https://www.reihyo.com/?p=113

 今では信じられませんが、この無試験検定によって中等教員資格を得た者の多くは、教育学、教科教育法などの教職教養科目をほとんど履修していませんでした。
 小樽高等商業学校でもそうした科目は開講されていませんでした。教育実習も全く経験せずに、主人公は教壇に立つことになったのです。
    ブランドの官立学校(今の国立大学)出身者であれば、そうした過程を経なくても、実地に経験を積んでいけば大丈夫という暗黙の了解でもあったのでしょうか。
   

 

■ 初任給八十五円

 

 「学生年鑑 大正16年版」山海堂)によれば、大正14年(1925)の官立高等商業学校の卒業者は1,104名で、それに対する求人数は1,087(98%)でした。
 大正10年(1921)から五年間の求人倍率は、大正10年:1.7倍、同11年:1.5倍、同12年1.3倍、同13年1.1倍と少しずつ低下を続けていましたが、とうとう14年には1倍を割り込みました
 やはり、大正9年(1920)以降の戦後恐慌はこの間の求人倍率によく表れています。

 

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(幻の大正16年!)

 小樽高商の場合は、卒業生157名に対する求人数は180名でした。
    そのうち、初任給の最高額は130円最低額は45円。そして平均額は75円と記載されています。これは、官立の高等専門学校としては平均値よりやや高い額と思われます。

 同書には、「俸給のいい教師と技術者」と題して、不況下でも比較的めぐまれた状況にある中等学校教員の初任給を次のように紹介しています。


 帝大出 100~140円  高等師範・私大 90~120円 

 女高師 80~100円  私大高等師範部  80~110円

 その他(高専) 70~100円

 ちなみに小学校教員の場合は、師範学校出の本科正教員で50円前後でした。

 こうして見てきますと、主人公の八十五円の初任給というのは、たしかに「専門学校の卒業生の平均金額よりも少し多いもの」であったようです。
 市立の中等学校というのは、どうしても道府県立の学校に人材を取られがちであるために、やや給与水準を高めに設定していることがあります。
 大正14年当時の小樽市は人口13万4千人ほど(2018年は11万7千)で、札幌市(14万5千)に道内首位の位置は譲ってはいますが、依然として北日本有数の商業・貿易の盛んな土地でした。
 教員の給与も、学校を設置している当市の豊かさを反映しているものと思われます。

 

 

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(現在の小樽商科大学

 

※参考

少し時期が前ですが、企業が各高等教育機関をどうランク付けしていたかがわかるものではないでしょうか。
 

日本郵船の高学歴社員と処遇(大正6年:1917)
 大学名  (後身校)     初任給
 東京帝大法  (東大法)   40円
 東京帝大工  (東大工)   45円
 東京高商  (一橋大)    35~40円
 神戸高商  (神戸大)    35円
 長崎高商  (長崎大)    30円
 山口高商  (山口大)    30円
 小樽高商  (小樽商科大)    30円
 大阪高商  (大阪市立大)   30円
 慶応義塾     30円
 早稲田      30円
 明治      25円
 中央      25円
 青山学院    25円
 同志社      25円
 日本      25円
   (天野郁夫『旧制専門学校』日経新書より)